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5年ぶりの気仙沼訪問。復興されていく街。

投稿者: ほっしぃ 日時: 12日(土) 22:33

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ゴールデンウィークのお休みを利用して、久々に気仙沼に行ってきました。いくつかの記事でも書いていますが、気仙沼は東日本大震災の中でも思い出深い場所で、いつもどこかで気になっている街でもあります。

あの日、私はニューヨークにいたので地震と津波というのはニュースで知りました。その後に、Apple StoreにiPadを手に入れるために並んでいたら、テレビで炎に包まれた気仙沼の映像が流れていました。それ以前には訪れたこともない街ではありましたが、その光景は目に焼き付いていました。

また、Appleユーザー仲間の方の実家だったり、その後Appleユーザー仲間と盛り上げにいったりと、その後に地元の人たちに案内してもらって、現実を教えてもらったりと、とても思い出深い街になっていきました。それでも、段々と薄れていってしまう意識があったり、忙しいということを理由にして足が向かなくなってしまっていることの後ろめたさが募り、今回、今はどうなっているのかなというのを見に行こうと思い立ちました。

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まず、以前に訪れた「気仙沼復興商店街 - 南町紫市場」が閉鎖されて、新しく生まれ変わったというところを見てみたかったので、最初に向かいました。まだウェブサイトも開いていないようで、どこにあるのかよく分かりませんでしたが、実際には以前あった仮設商店街からすぐそばのところにありました。コンクリートで建てられた立派な建物に、まだ少し空きがあるようで、ほんの少し寂しい感じでしたが、これからここを起点に盛り上がっていくと良いですね。

ちょうど、訪れたのがこどもの日だったということもあって、上を見上げると、たくさんの鯉のぼりが泳いでいて壮観でした。

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新しくできた「南町紫神社前商店街」のすぐそばにある「気仙沼あさひ鮨」も、とても思い出深いお寿司屋さんでしたので、必ず寄って何か食べようと思っていました。以前に来た時には、仮設の店舗で営業していて、一緒に行ったAppleユーザー仲間と美味しいお寿司を食べたり、お店の人と話したりしました。

そのお店が、建て直されてとてもキレイに、そして大きく再開されていたので、当然お寿司をいただきました。お店の方にこの5年くらい、最近の話などをお伺いしました。いろいろと新しい建物が建ってきてはいるものの、まだまだ復興したとは言えないようですが、それでも少しずつ良くなってきているということでした。

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少し街中を歩いてみると、以前に来た時には更地で見晴らしがよかったところが、段々と建物が建つようになってきており、少しずつ復興の息吹が見えてきていました。しかしながら、まだまだ隙間がたくさんあり、住宅も少ないので、元の街並みという訳にはいかないようです。これが本当に戻ってくるには、かなりの時間がかかるのと、一度出て行った人たちが戻ってきてくれるような街作りが必要なのではないかと思いました。

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気仙沼から少し南に下った南三陸町にある「南三陸さんさん商店街」にも足を運んでみました。デザイン監修をあの新国立劇場のデザインも手掛けている隈 研吾氏が行なっているということで、それらしい佇まいとなっています。朝早めに行ったのですが、かなり人も多く賑わっていました。人が集まり場所を作るというのはとても難しいところなので、ここからさらに拡がっていくと良いですね。

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リアス・アーク美術館で「東日本大震災の記録と津波の災害史」という常設展示を行なっているということで、見に行ってみました。ここは、石山 修武氏の設計ということで、建物や内部の意匠も面白く楽しむことができます。

そして、写真撮影が許可されていたのでいくつか撮影しましたが、「あの時」の風景がたくさん並べられ、いくつかの「残ったもの」も展示されているフロアは重苦しい雰囲気でした。ひとつひとつの写真には言葉が添えられていて、すべてをじっくりと読んでいたらあっという間に時間が過ぎてしまいました。

最後の写真、特にグッときました。よく聞くのは、自分のところは大丈夫だろうと思って逃げなかった人が大勢いたということです。何か大きな問題があっても、自分とは関係ないと思ってしまいがちで、それが生死を分けたという話でした。

「地震の後でね、携帯がたまたまつながったのね。それで、すごかったねぇなんて話していたの。そしたら、アッ!津波が来た!って言って、電話が切れたのね・・・それきりになってしまったの・・・電話で話なんてしてないで、すぐに逃げればよかったんだよね・・・」


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そんなに長く滞在できなかったので、行きたかったところ、以前に行ったところの今を見て回りました。少しずつ建物は建ってきていても、どうしても人の気配が足りないと感じました。過去の記憶と比べても、逆に寂しくなってしまっていたところもありました。それでも、これからずっと気仙沼で暮らしていこうという人たちと話すと、まだまだこれからだという気持ちにさせてくれます。街の復興には時間はかかるけれども、これからさらに栄えていくことを願うばかりです。

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